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光峯錦織 日本の絹織物の最高峰

Mixtype No.33 Last Update On 2010-01-12 2009 column

光峯錦織 日本の絹織物の最高峰

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錦の御旗、故郷に錦を飾る、錦秋など、昔から美しいものを形容して「錦」という言葉が使われてきました。元来「錦」は日本の絹織物の最高峰の芸術品であり、世界的にも希少な存在です。歴史的にも日本人にとっては常に憧れの対象であり、日本の美として世界に誇りうるものです。光峯は、その「錦の美」を追い求め、また超えるべく、日本の芸術としての織物を製作し続けています。

織物の世界は分業制で、その工程は大きく分けて12。織、綜絖、染め、紋意匠、機といったそれぞれの工程ごとに異なる職人がいます。光峯の仕事は、こうした職人をまとめあげ、一つの作品を創り上げること。それはまるでオーケストラの指揮者や映画監督のようでもあります。一つでも欠けてしまうと不協和音になり、作品は出来上がりません。

また、表現や配色の細部にまで気を配るのも光峯の仕事です。細かな一点一点が織り成す美は、経糸を上げるか下げるか、コンピュータの原点でもある0か1かの世界。その一点一点を丹念に見、表現することにより、美しい織物が出来上がります。色鮮やかな作品を構成する色はもともとある色糸を使うのではなく、画家がパレットで色を作るのと同様、少しの違いでもそれぞれに糸を染め、求める色が出来るまで染め直します。そうして何度も製織し、創り上げた織物が「錦」となるのです。納得のいく作品に仕上げるまで、何年もかかる作品もあるほどです。

長年受け継がれてきた伝統文化が失われつつあるこの時代。現在の織物業界の危機的状況を憂い、光峯は1994年「日本伝統織物保存研究会」を立ち上げました。本来の光峯の仕事は、伝統技術を駆使し、織物の芸術品を創ること。そのためには、古代の素晴らしい織物美術を研究し、復元裂として甦らせ、職人たちと共に伝統技術を後世に伝えるべく制作しつづけなくてはなりません。この事業は「総合的復元事業」といい、古代の織物の制作に関わるすべての伝統技術に対して研究をし、復元を行う事業です。

1997年には、日本伝統織物保存研究会は京都国立博物館にある奈良時代の錦織「緑地花鳥獣文錦」の復元を完成させました。また、2000年には、こちらも京都国立博物館にある平安時代後期の錦織「赤地花菱襷状鳥花文錦」の復元を、2005年には室町時代の錦織「赤地牡丹唐草文錦」を完成させました。光峯では、繭の引き方から機のつくりまで、当時の製法で織物を制作しています。これによって、現在仕事が減少している職人たちにも仕事を与え、技術の伝承が可能となるのです。

伝統や技を守りつつ「錦の美」を世界へ伝える光峯の作品は、まさに日本を代表する芸術品。近年では、フィンランド、ポーランド、ハンガリー、イタリア、フランスなどで展覧会を開催するなど、日本にとどまらず海外でも高い評価を受けており、光峯の織物美術工房には、国賓級の方々や著名デザイナーなど、海外から様々な方々が訪れています。